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2004-02/27更新 

 機関誌「あやもよう」について

 今月のあやもよう

 あやもようアーカイブ

  • 過去の記事など

 
機関誌「あやもよう」について

CLCAの方向性を示すさまざまな分野からの実践報告や提言を掲載します。具体的な活動スケジュールや会員などからの情報交換は、「あやもよう広場」でお知らせします。

〜今までに登場した主な人々〜
龍村 仁(映画監督)、佐藤 初女(森のイスキア)、真弓 定夫(小児科医)、押田 成人(神父)、外山 滋比古(英文学者)、佐藤 学(東京大学教育学教授)他多数

あやもようとは
 「あやもよう」っていうのは端的に言うと、比べるなということだ。それはそれっていうことなんじゃ。考えてごらんなさい。生死一途じゃ。死ぬことも生きることも、一つなんだからな。そういうふうないろんなことが全部「あやもよう」として必要じゃ。きれいということも、きたないということも、人間の寸法だけのことで、そんなものは本当の世界にはありませんのじゃ。「あやもよう」の姿をそのまま、自分がどーんと受ければ、それでいいのじゃ。色々な模様があって、どれが悪いということでないということなんだ。「あやもよう」のままに充分に生きていかれることが一番大切やと思うね。
(大雄山最乗寺山主/前CLCA顧問 余語 翠巖(故人)

 
今月の「あやもよう」

2004年 3月号

目次    
奇跡を生む原動力 3
スピリチュアリティー[1]
-大きないのちに生かされている-
  4
「老いて花の咲くがごとし」(2) 高津 紘一 9
母親の鼓動 真弓 定夫 14
教育と生活の関係 和田 重宏 15
行事予定   19
好夢いのちの学校   20
[表紙] 題字 余語 翠巌
  写真提供・文 栗田  功

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巻頭言

奇跡を生む原動力

 正之助クラスは一年がかりの稽古に磨きがかかって、仕上げの最終段階に入っています。稽古は週末ごとに南足柄の県立ふれあいの村で泊まり込みで行われています。土曜日に子どもを送ってきた親が、日曜日に迎えに来た時には、演技の内容がまるで違ったもののように変わっていると驚くほどの進歩をとげているそうです。
 お母さんたちも、毎回役に相応しい衣裳づくりに精を出して、熱心に稽古に取り組んでいる子どもたちとの息もピッタリです。
 このような稽古をずーっと見守ってきたお父さんの一人は「能楽師の先生方を駅までお送りするのですが、その車中でのお話でどの先生方もおっしゃることがあります。『ここの子どもたちの集中力と奇跡的な進歩には驚かされます。多分、根っこにきちんとした生活があるからでしょうね』という言葉です」と話してくれました。
 そうです。正之助クラスに飛躍的な成長をもたらしたのは、通い稽古に代わって三年前から始まった生活しながら稽古をする合宿稽古でした。能は総合芸術だと言われています。鼓や笛が上手に演奏できればよいというわけにはいきません。他の演者との息が合わなければなりませんし、歩き方や挨拶などの生活の所作の一つ一つに気がゆき届くことが求められます。
 そう言えば「あやもよう」の産みの親である故余語翠巖老師が教えて下さった言葉に「運水搬柴是神通」というのがありました。水を運んだり柴を搬ぶという今で言う台所仕事、すなわち日常の生活こそが奇跡を生むという教えです。
 中学時代に不登校だったS君も、はじめ塾で一所懸命「生活」に取り組み、周囲の人たちの予想をくつがえして現役で志望する医大に見事合格しました。生活は奇跡を生む原動力です。

↑もくじ  


今月の記事から

教育と生活の関係

CLCA会長 和田 重宏(わだ しげひろ)

 先日テレビを見ているとある小学校の総合学習のようすが映し出されていました。五、六年生が取り組んだのは稲から育てたもち米と黒大豆を収穫し、きな粉もちを作ろうというものでした。長期間にわたる取材だったようで、田植えや大豆の生育のようすが放映されていました。しかし、昨年の夏の天候は不順でしたので作物は計画通りには育ちませんでした。それでもお米の方は何とかなったのですが、黒大豆は予定した収穫祭の日までには熟しきらず、十日から二週間遅れのようでした。結局大豆は市販のものを調達してきて収穫祭を予定通りに行なったのです。「後で収穫する黒大豆はどうするんですか」とアナウンサーが質問すると、校長先生は「来年の収穫祭で使います」と答えていました。
 この話はどこか変ではないですか。今年大豆を育てた六年生たちは中学生になってしまっていて来年の収穫祭にはいません。どうして黒大豆を収穫してから収穫祭をしなかったのでしょうか。
 カリキュラムにしばられている学校教育では、このようなことがしばしば行なわれます。このことを生活の視点から見れば、当然のこととして収穫祭を延期し、きな粉もちを食べながら苦労話に花を咲かせ、収穫祭までやっとのことで漕ぎ着けた歓びをみんなで味わえたのではないかと思います。
 教育が自然に左右される生活とは切り離されて、一年中全天候型のグラウンドでプレーできるようなものへと変質してしまい、そのおかしさに気が付かなくなってしまっているのが今日の状況ではないかと思います。
 これもテレビで見たのですが、言葉の不自由な子どもたちの間での意思の伝達方法として手話か口話かという論争があるそうです。僕がテレビを見ていた限りでは、手話の習得は生活を通してであり、口話の方はより教育的だと思いました。幼い子どもが家族との間で自然に手話を通してコミュニケーションを交わしていくようすが映っていましたが、世の中の流れは反対の口話の方向に向いているのだそうです。このことに限らず世の中全体が教育的なるものの方へ整えられていくのは、悲しいことです。

*教育は均一を求め、生活は違いを含む

 工業製品は均一なものを作り、より性能を高めることが求められています。工業製品以外でも品種改良をめざしている植物や家畜などもこの方向で研究されています。では、人間を育てている教育はどうかというと、能力別に選別されたり、障害があるからと言って施設に隔離されたりで、やはり方向としては均一を求める方へ整えられようとしています。しかし自然界はどうかというと、違いがある方が当たり前で、自然と向き合わざるを得ない生活もまた違いを含みながら営まれています。
 そういう意味では、はじめ塾の教育活動は均一を求める学校教育よりも違いを含む生活の立場に立ったものだと言えます。塾に寄宿している子どもの親が「うちの子はどうですか、ちゃんとやっているでしょうか」と尋ねることがあります。それに対して私は「その子なりにやっていますからご安心ください」と答えます。親の表情を見ていると、この答えには明らかに満足していないなと思うのですが、私たちの立場ではこうしか答えようがないのです。
 違いを含んだ生活をベースにした教育活動は、均一の方向に整えようとする学校教育のような科学としての教育だけを受けてきた人たちには理解されにくいことです。先日も教育の現状に行き詰まりを感じている教師や校長、そしてフリースクールなどを主宰している人たちと話し合いを持つ機会があったのですが、彼らの取り組みと「はじめ塾」の取り組みには質的な違いがあることがわかりました。日本でも過去に、教育の流れを変えようとした取り組みがいくつか行われた経緯があります。一九七〇年代にアメリカで起こった脱学校運動も自主保育や自由保育という形で展開されましたが、勢いを得ないまま時代の変化に呑み込まれてしまいました。一方はじめ塾の実践はと言えば、太平洋戦争の前に始まり、戦時中も戦後も一貫して寄宿生活教育を行なってくることができました。迎合も競合もせずに来られたのは、明らかに立っている土俵の違いではないかと思われます。「教育」と言って多くの人たちがイメージするものは、意識するかしないかに拘らず、自分たちも受けてきた均一化教育なのではないでしょうか。この土俵の上に描いたものや実践だと、どんなに一所懸命取り組んだとしても、土俵そのものに間違いがあるのですから、日の目を見ないのは明らかです。

*同じ忙しさでも教育と生活では違う

 はじめ塾では子どもたちに忙しい生活を提案しています。こう言うと、学校の勉強や習いごとなどで忙しい子どもたちにさらに忙しい生活を提案するのはどうかと否定的な反応が返ってきます。ですから、フリースクールなどでは子どもたちの勝手気ままに任せて忙しくない生活をさせている所が多くあります。
 大体おとなでも言えることですが、忙しくしている人ほど仕事がよくできます。僕らも仕事を頼む時には忙しい人に頼みます。打ち合わせの日にちを決めるだけでも差がでます。暇な人は「いつだっていい」と言って、なかなか日にちが決まりませんが、忙しい人は「この日の午後だけが都合がいい」と言って、即座に打ち合わせの日が決まります。その後の仕事の進み具合もこのような調子で展開します。
 生活を基盤にした忙しい生活は現実的で必然的なことになりますが、教育を基盤に考えた生活では、忙しくするためにわざわざやることを用意しなければならないことが多いように思います。前にも述べましたように全天候型に整えられている環境では、何時しても差し障りがないのに敢えてその日に行なっていることが多くあります。例えば、算数の計算をするのに日にちや天候を選ぶ必要はありません。が、無理やり計算ドリルをその日に設定して子どもたちに取り組ませてみても必然性のないものには熱が入りません。ところが、午前中の涼しいうちに田んぼの夏草取りをするということでは、草の伸び具合を見ていれば誰でも納得できる必然的なことですので、忙しい思いをしながらでも積極的に取り組みます。このように同じ忙しさでも教育を基盤とする生活と、生活を基盤とする生活でははっきりと違いがあります。はじめ塾の生活は忙しいのに気持ちがよいと言われる所以はこの点だと思います。
 お手伝いでも同じことが言えます。○○係として予め係りを決めておかないで、お母さんが忙しい時に仕事を頼むようにしたら子どもが気持ちよく手伝ってくれるようになったと喜んでいたお母さんがいました。風呂掃除などを係主義でやらせるのは、いかにも教育的で長続きしないものです。

*生活で自分を取り戻す

 不登校がこじれて自分を見失ってしまった子どもたちが塾で暮らすようになると、自分を完全に取り戻せるまでは勉強をさせないことにしています。昭和五十年代に登校拒否の子どもたちを救おうと八杉さんという人が勉強を教えるための支援塾運動を展開したことがありました。これは見事に失敗でした。子どもは勉強について行けないから登校拒否になったのではなく、問題は他にあったのです。でも、八杉さんが思ったのと同じことを考える親はその後もあとを絶ちません。学校に行けなくても、勉強を学習塾や家庭教師にみてもらおうとする親がたくさんいます。自分を見失っている人たちにこれをやると問題解決が遅れます。
 何故そうなるのかと言いますと、分断された知識だけを切り取って学ぶことに問題があるからです。本来生きているものには自己回復力があります。自分を取り戻す動きもそういう力のはたらきです。生き物を細かく切り刻んだら死んでしまい再生不能になります。
 今、世の中では断片的な知識の学習だけでなく、つながりを分断するようなものばかりがもてはやされています。例えば、電話一つとっても、昔は呼び出し電話というものがありました。塾には比較的早く電話が設置されましたので、近所の人に電話がかかってくると呼びに行ってあげたものです。このような人とのつながりは日常的なことでした。それが何時の頃か、各戸に電話が引かれるようになって、電話を通した近所とのつながりが無くなってしまいました。それでも、家族にかかってきた電話は家族中の情報として共有することは可能でした。ところが最近では、各人が携帯電話を持つようになり、誰が誰と関わっているのかが家族でもわからなくなっています。このように人とのつながりが無くなってくることを便利、進歩だと言って、歓迎する傾向が現代人にはあります。
 これは電話に限ったことではありません。困ったことにありとあらゆることについて同じことが言えます。このような分断の流れは生きているものの死を意味し、いのちの再生を不可能にしてしまいます。
 そこで私たちは、いのちの再生や自己回復を可能にする取り組みを意識的にしなければならないと考えます。つまり、つながり合った関係を取り戻すために自然の中や人の間で、生き物のように刻々変化する生活に即応できるように取り組むのです。生活体験を通してつながりが回復した時、本来の自分も取り戻されています。不登校児の回復はこの道しかありません。

*子育ては教育よりも生活で

 親は子どもに早くから何でもやらせたがります。これは親の過剰な教育意識がそうさせるのですが、生活の視点から見ると逆で、出来ない人にはやらせず、まず出来る人がやっているのをまずよーく観させます。塾でも毎年暮れに、出荷用のみかんをもぐ作業をさせてもらうことがあります。適当にやられてしまいますと売り物にならないだけでなく、後始末にも手間がかかって大変なことになってしまいます。この時はきちんとできない子どもはみかんもぎに参加させないことにしています。この時期になりますと、子どもたちは自分がみかんもぎをやらせてもらえるかどうか興味津々になります。塾の活動に継続的に関わっている子どもの大部分はちゃんとクリアできるように取り組んでおきますので、みかんもぎに参加できることが一つの通過儀礼の役目をはたすことになります。
 障害のある子にも、状況によっては仕事を他人に任せて自ら身を引くことを教えます。できないのに半端なことをさせるのは教育にありがちなことです。生活では、本人には無理だということが分かれば身を引いた方がみんなから歓迎されます。朝の忙しい時間に、みそ汁の具にする油あげをゆっくり刻んでいたら、みんなが遅刻してしまいます。自ら身を引いて他のことをしてくれたらみんなが助かります。
 このように生活が優先し、その上に教育が乗るという関係こそ健全な人間形成を可能にします。

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